こんにちは。ふくらはぎです。
甘い飲み物大好き女子です(´_ゝ`)
自分は約30年前に関係が冷え切った夫婦の間に誤って爆誕しました。トラブルが絶えず一家はすでにバラバラになっております。
崩壊に至る原因を作った父親はいったいどんな人物だったのでしょうか??
あと最後にお知らせがあるのでちらっと寄っていただけると嬉しいです。スクロールめんどい方は目次からワープできますのでお試しくださいてへ☆(´_ゝ`)
身内に関心がない父親
子供をほったらかしにする
現地に着くと別行動
子供の頃、父親にショッピングモールや大きな公園、市民プールに連れて行ってもらいました。
現地に着くと当時はケータイがなかったため父親がふくらはぎさんの腕に時計を巻き、
17時になったらここに戻って来いよ~
と言ってその場を去ります。まるで修学旅行の引率の先生ですね。
幼稚園~小学校低学年くらいまでなら危ないので子供のそばにいるものだと思うのですが、父親は我々を心配する素振りはなく、
おーお前らで遊んで来いよ~
そう言って放置するのですまじでどっかいなくなります(´_ゝ`)
もう子供の面倒見るどころか心配すらしてないですね。ただ弟と二人きりで怖いという恐怖はあまり感じませんでした。
慣れていたせいかもしれません。傍から見るとかなり危ないですが、むしろ色々制限をしてくる父親がいない方がのびのびと遊べて楽しかったです。今思えばよく誘拐されなかったよな~とドキドキしちゃいます。
今ではすっかり人見知りになってしまったのに、当時はその場に居合わせた子たちと鬼ごっことかして遊んでました。
あの頃のコミュ力がまた戻ってきてくれないだろうか(´_ゝ`)
一緒に歩いてくれない
小さい子供と一緒に出かける場合大体の親は心配して、
- 子供と手をつなぐ
- 歩く速さを合わせる
- 迷子にならないように目を光らせる
と思いますが、そういった素振りは一切ありませんでした。
自分のペースで歩き人混みでも子供たちの手を引かずズンズン先に歩いていく。大人と子供の歩く速さは全然違います。こっちは速足です。
まってーまってー!!と叫びながら必死に追いかけます。
もし迷子になったらどうしよう、お家に帰れなくなっちゃうかもしれないという恐怖でいっぱいでした。しかもおもちゃ売り場に行きたいと言うと、
オレもお金ないんだよ~
バッサリ切られます。買えなくてもおもちゃコーナー行きたいじゃん!!見たいじゃん!!
そして無垢な子供たちの要望を無視して自分の見たいフロアばかり連れまわす父親。くっそつまらん!!そんな父親の自分勝手な行動がストレスで一緒に出掛けるのを避けるようになりました(´_ゝ`)
ちなみに母親含め家族4人で出かけた時も父親だけ別行動。帰る時だけ一緒に車に乗って帰宅してました。
父親がいないとみんな楽しそうです。もちろん自分も(´_ゝ`)
よその子供にはちょっかい出す
そんな感じで我々のことは放置するくせによそ様の子供にはちがいます (大人にも) 自ら話かけちょっかい出すのです。しかも笑わせようとふざけたことばかりするサービス精神。
子供のころは嫉妬心より恥ずかしさが上回ってました。
なぜなら子供は素直です。思ったことをズバズバ言っちゃいます。
ふくらはぎちゃんのお父さんへ~ん!おもしろーい!!
もうこれが恥ずかしくて恥ずかしくて半べそかきながら「やめてよー(泣)」と言って止めてました。
この頃から父親の事が嫌いになりましたね。当時6才でした若ぇー(´_ゝ`)
弟が倒れても無視
今から10年ほど前ですね。
まだ3人で暮らしていたある日の夜、弟が強烈な腹痛に襲われ父親に病院に連れて行ってと要求。すると父親は、
オレ明日仕事なんだよ眠いんだよ~
信頼と安定のテンプレートで駄々をこねます。もう人間じゃねー(´_ゝ`)
ひと悶着して結局父親が弟を原チャリに乗せ病院に送りました (良い子はマネしないでね)
そして父親は体調が悪い弟を病院に置いて一人だけ帰宅。すぐ自分の部屋にこもり寝てしまったのです!いやそこは付き添ってやれよ。。(泣)
数時間が過ぎ病院から入院の手続きに来てと連絡が。本来は親である父親が行くべきなのに、
明日は仕事が早いから行けないんだよ~
あっさり拒否。おい!手続きしないと弟が入院できないだろ(´_ゝ`)
で仕方なくふくらはぎさんが向かうことになりました。夜中の一人歩きですがやっぱり心配されず。。幸いにも病院まで徒歩15分。急患の受付に行くと、
保護者の方は??えっ来られないの!?ひどい親だね~
と看護師のおばさまに嘆かれます。
弟は急性胃腸炎とのことで1週間ほど入院することに。弟に会ってちょっと話してから家に帰るとすでに朝の5時です仕事だからもう寝れねぇーー!!
そうか、この人は命に関わることが起きても助けてくれないのか。。と父親の冷たさを改めて思い知らされました(´_ゝ`)
母親から逃げる
お酒とタバコに依存した母親は凶暴化して夫婦喧嘩が絶えませんでした。
「足りない分はお前が働け」と言われた母親は子育てと家事をして昼はパート夜はスナックで働いてました。心労が重なってうつ病を患いボロボロになっても父親は母親のことを心配せず。。
結局離婚し、色々あって自分が19歳の時に母親は亡くなりました。
警察や市役所に行っていろいろ手続きをしなければいけないのに父親は来てくれず。
もう離婚したから関係ない。オレ仕事だから行けないよ~
と言う始末。血も涙もないですね。一瞬でも愛し合った仲じゃないのかよ。それにたいした仕事してねーだろ(´_ゝ`)
ところがどっこい葬式当日なんと父親が来たのです。
いや、来るんだったら警察や役所にも来いよ!!
こちとら仕事休んで書類を書いたり解約手続きしに色んなとこ向かったりバタバタだったのに、一通り終わった後にしれっと現れるなんていいとこどりにもほどがある(´_ゝ`)
火葬が終わり再び父親は、
オレ仕事だから戻んなきゃいけないんだよ~
とブツブツ文句を言いながら速攻帰りましたよ。もうとりあえず来ました感がムンムンです。気分悪かったので本当に来てほしくなかった。
”ひどいお父さんだね” ここでも色んな人に言われましたもう笑っちゃう。裏でこんなこと言われてるなんて知らないんだろうな~本人に直接言って欲しい!!
ちなみに家族を捨てても優先するお仕事ですが、軽トラで運送業をしていたそうですよくわかんない(´_ゝ`)
お金を出さない
父親はとにかくケチでした。生活費もろくに出さずこれが主な原因で離婚しています。
自分は中学3年生の頃、家庭トラブルとクラスや担任と合わず引きこもっていた時期がありました。
【母子家庭】中学時代に少しだけ【引きこもり生活】をしてました
学校に行きたくない、高校にも行きたくないと本気で思っていた時に父親に、
みっともないから高校ぐらい行け。
と言われたことがあります。みっともないと言うのはふくらはぎの事ではなく父親自身の世間体を気にしての発言です。
そして高校に通い始めお金がギリギリで父親に「定期代だけでも出して」とお願いすると、
お金ないなら学校辞めれば。
とあっさり言う人でした。
お前が行けって言ったんだろ(´_ゝ`)
都立の高校すら通わせてくれないなんて本当にこいつはクズだなと憎みました。ちなみに退学はしてません。バイトしたりなんだかんだでちゃんと卒業しています。
まとめ
以上が父親の話でした。”冷たい” の一言に尽きますね。
実家には毎年1、2回帰るほど仲良くしてるらしいのにどうして自分の家族にはこうも愛がないのでしょうか??
母親のことは嫌いだけど子供は好きって人いるのにそういう感情にならないんですかね??それもそれで気まずいか。。あ、残念ながらちゃんと父親の子です。目がクリソツなんですう〇こ(´_ゝ`)
そんな父親は男の子が欲しかったそうですが弟が困ってても無視しちゃうんですもん。おそろしい親です。家庭も子供ももっちゃいけない人ですよ。
これはほんの一部なのでまた機会があったら書きます。本当に、
何でこの人結婚したんだろうな~(´_ゝ`)
心の底から思います。
お知らせ 【Vlog】作ってみました
声なし・顔出さない想像力を掻き立てるスタイリッシュな動画。
目標再生数は10回と志が高いですね。
カップ麺のタイマー替わりに使ってください(´_ゝ`)
音うるさかったらすいません。。
ありがとうございました。
【完】